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「NGN(次世代ネットワーク)はASPにとってバラ色か?」
ASPIC 執行役員 北村倫夫
(株)野村総合研究所
社会産業コンサルティング部
上席コンサルタント
1.着目すべき「NGN」と「新競争促進プログラム」
今、わが国はもとより世界において、「次世代ネットワーク(NGN:Next Generation Network)」がビッグ・イシューとなっている。通話料収入の急速な減少がつづく固定電話と、収益が伸び悩む携帯電話に代わる新たな収益源の確保のために、大手通信事業者がその生き残りをかけて取り組んでいる大戦略構想でもある。
NGNとは,通信事業者が提供するすべての通信サービスの基盤となるIP(Internet Protocol)をベースとした基幹通信回線網のことである。その最大の特徴は、ベストエフォート型の通信システムのため信頼性や安定性に欠ける現在のインターネット(The Internet)と異なり、セキュリティーやサービス品質を高めた信頼性の高いネットワークという点である。
NGNは、単に物理的通信網の提供や通信サービスの提供にとどまらず、IP電話、TV電話、データ通信、リッチコンテンツの配信、多様なアプリケーション提供などを、高品質と安全・安心を両立し提供することを目指している。
NGNの構築は世界の潮流であり、現在、ITU-T(国際電気通信連合 電気通信標準化部門)などを中心に、NGNの標準化が進められつつある。
一方で、わが国のNGNをめぐっては、「IP化の進展に対応した競争ルールの確立」の視点から議論が進みつつある。
2006年9月19日に総務省は、ブロードバンド化の進展、PSTN(回線交換網)からIP網への移行、ビジネスモデルの多様化等のIP化の進展による市場環境の変化を踏まえ、通信分野の新たな公正競争ルールの整備等の方向を示す「新競争促進プログラム2010」(以下、プログラムと呼ぶ)を公表した。
プログラムは、先に公表された「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」の報告書を受けて策定されたものであり、(1)設備競争の促進、(2)指定電気通信設備制度(ドミナント規制)の見直し、(3)NTT東西の接続料の算定方式の見直し、(4)移動通信市場における競争促進、(5)料金政策の見直し、(6)ユニバーサルサービス制度の見直し、(7)ネットワークの中立性の在り方に関する検討、などの項目から構成されている。
通信事業のネットワークは、固定電話網をベースとしたネットワークから、IP網を中心とした次世代ネットワークへと大きく変貌しようとしている。それにともなって、通信事業者間での競争は、下位レイヤー(物理的通信インフラ)での競争から、下位から上位(コンテンツ・アプリケーション)まで複数のレイヤーにわたる競争へと変化していくことが確実である。
こうした背景を踏まえて、プログラムにおいては、各レイヤー(事業領域)の垂直統合型ビジネスモデルに対応した公正競争の確保が重視されており、東西NTTの次世代ネットワークに関する接続ルールの整備、ネットワークの中立性のあり方の検討などが論点として示されている。
参考図表 IP化の進展に伴う競争環境の変化
(出所)
「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会報告書」
(2006年9月)より抜粋
2.ASPにとってNGNは期待の星である
NGNの全貌はいまだ茫漠としているが、以上のような動向を踏まえると、ASP事業者にとってNGNは、大きく捉えると次の点で期待の星となりそうである。
(1)ASP事業者主導による垂直統合型ビジネスモデルの可能性が限りなく広がる
(2)コンテンツ・アプリケーションレイヤーにおける水平統合型ASPビジネスモデルの可能性
が高まる
特に、前者の可能性は計り知れないほど大きい。通常語られているNGNにおける「垂直統合型のビジネスモデル」とは、通信事業者が物理網レイヤー及び通信サービスレイヤーをベースに上位レイヤー(プラットフォーム、コンテンツ・アプリケーションのレイヤー)を含めた統合サービスを提供するというビジネスモデルを指す。
しかし、これは「逆も真なり」である。最上位のコンテンツ・アプリケーションレイヤーを主な舞台としているASP事業者にとって、NGNは下位レイヤーを取り込んだ統合型のビジネスの可能性を高める。すなわち、NGNでは、通信事業者はアンバンドル/オープン化の原則のもとに、通信サービスレイヤーでの帯域制御や、プラットフォームレイヤーでの認証・課金などのAPI (Application Program Interface)を公開する、あるいはANI(Application Network Interface)機能を提供することになっている。
ASP事業者はこうした高質なサービスを選択的かつ自由に利用できるようになり、ASP主導の垂直統合型のビジネスの機会が限りなく広がる。最近流行のマッシュアップ(MashUp)<注>を、より高次に展開できるというイメージである。
<注>マッシュアップとは、複数の異なる技術やコンテンツを複合させて新しいサービスを提供することであり、複数のAPIを組み合わせてあたかもひとつのWebサービスを提供すること。
3.しかし、ASPにとってNGNはバラ色とは限らない
以上のように、ASPビジネスにとってNGNは大きな期待の星であることに間違いはない。しかし、それは決してバラ色一色に染まっているわけではない。全貌が明らかになっていない現時点では推測の域を出ないが、NGNはASPビジネスのマーケットやビジネスモデルにマイナスの影響をもたらすいくつかの要素を抱えている。たとえば、以下の点が指摘できる。
(1)通信事業者の垂直統合ビジネスとの競争が激化する可能性
これまで企業等のユーザーごとに提供されていた認証・課金・QoS管理・VPNなどのプラットフォームサービスが、NGNでは通信サービスレイヤーや物理網レイヤーの一部として取り込まれていく。通信事業者は、コンテンツ・アプリケーションレイヤーまで含めた垂直統合型のビジネス展開を目指そうとしている。したがって、NGNでは複数の通信事業者が、下位レイヤーでの圧倒的優位性を持ってASPビジネス市場に参入してくることになる。既存の中小ASP事業者にとって極めて強力な競争相手になることは間違いない。
NGNを計画している某通信事業者は、「垂直統合型サービスもやるが他社への条件は平等にする」と公言している。しかし、サービスの競争が激しくなったときに、自社の利用条件と他社の条件を同一にするということを果たして実行できるか。実際上それは考えにくい。プログラムに示される「垂直統合型ビジネスモデルに対応した公正競争の確保」とはまさにそこを問題にしている。
(2)NGNへの接続コストや通信網増強コストが発生する可能性
インターネットと違いNGNは無料ではない。高品質で安心・安全なネットワークであることから接続・利用にはコストが発生する。こうしたNGNの接続料金の体系や水準については全く未知数である。しかし、ASP事業者にとって、接続料金がどうなるかはビジネスの成否を大きく左右する重要な問題である。
この点に関して、実際にコンテンツ・アプリケーションレイヤーでビジネスをおこなっている某企業からは、「コンテンツ・アプリケーションレイヤーの新規参入に対し通信事業者のNGN(次世代ネットワーク)に係る接続料が大きな影響を及ぼし、また接続料金の水準によっては当該レイヤーでのビジネス継続に対しても大きな影響を及ぼす可能性がある」との主旨の懸念が表明されている。
さらに、プログラムにも示される「ネットワークのコスト負担の公平性(通信網増強のためのコストシェアリングモデルの中立性)」の観点は、ASPビジネスのコスト負担増として大きく影響してくる。
(3)NGNの選択に関して囲い込み等の非効率性が発生する可能性
現時点でわが国の大手通信事業者であるNTT、KDDI、日本テレコムは、いずれもNGNの構想を進めている。しかし、これらのNGNが通信事業者ごとに別々のものか、ユーザーからみて同一インフラ(サービス)として機能するのかが不透明である。NTTは「今は1つにするという答えは出せない。ネットの品質が違うので相互接続の条件が問題になるだろう」との見解を示している。これに対して、KDDI、日本テレコムは「インフラは同じにすべき。NGNの基盤を共通インフラと捉え、その上の付加価値の部分で競争したい」と述べており、キャリア間でも合意が形成されていない状況にある。
もし仮に、キャリアがそれぞれ独自のNGNを構築し異なる接続条件となった場合、ユーザーとしてのASP事業者には、通信事業者による囲い込みが発生しビジネス効率性が損なわれる、あるいは異なるNGNとそれぞれ接続契約を結ばざるを得なくなる(NGN相互接続によるローミングコストの高さ等)などの問題の発生する可能性がでてくる。
4.ASP事業者はNGNの議論に積極的に参加すべき
以上述べてきたように、NGNはASPビジネスに対して、プラス・マイナスの両面において非常に大きな影響を及ぼす。ASP事業者はこうした点に関心を持ち、平等性・効率性・収益性等の視点から、現在通信事業者の主導で進められつつあるNGNのあり方について、あるいはこれから本格的な検討がスタートする競争ルールのあり方について、主体的に考え、積極的に意見を述べていくべきである。
残念なことに、2006年8月に「IP化の進展に対応した競争ルールの在り方に関する懇談会」の報告書案に関する意見の公募の際に、ASP関連事業者からの意見はほとんど出されなかった。
NGNや競争ルールは、決して通信事業者だけに関わるイシューではない。最も大切なことは、NGNの利用者(ビジネスユーザー、個人ユーザー等)が、利用者の視点に立って公平で使い勝手のよい理想的なNGNや競争ルールのあり方について、ものを申していくということである。